噛み潰した苦虫が奥歯に詰まって取れない

ほろ苦いどころじゃねえんだよな

雑記

死にたいなんて最初に思ったのはいつなのか。確か小学校高学年の頃に強くそう思った時期があったのは覚えている。

当時からスクールカーストの底辺付近をフラフラ浮遊していた僕は、そのままフラフラと同級生の仲間割れの板挟みになったり、活発なクラスメイトに面白半分で所持品を隠されたり、意地悪な教師の格好の餌食になったり、したのである。そのままフラッとすり抜けることが出来たら良かったのだが、当時から相当小心者だっただけに、残念ですが……という感じ。


なんでこんな話を始めたかというと、恐らく上記の頃の、やっと年齢が二桁になったあたりの少女がイッチョマエに「死にたい」と書き殴った日記を数年前に発掘した…ということを今思い出したからである。昔から自分の感情は口から言葉として発さず、ひたすら黙って文字にしてしまう派だったようだ。確かその日記帳はシュレッダーにかけて可燃ごみと一緒に葬った。ナムアミダブツ。

つまりだ。思春期の入口ゲート突入時点でメンヘラとなる運命は確定していたのだと思う。おかげで二十歳超えてこの有様だ。アカルイミライなんて最初から無かったんだね。



元々小学校入学当初から「何故僕には友達がいないのかな」とは思っていた。引越ししてきたからかな?と思った。でも姉は早速新しい友達といろんな所に遊びに行っていたので、「あぁ友達がいないのは僕のせいなんだな」と自覚した記憶がある。なーんだ昔からひとりぼっちじゃないか。じゃあ何故孤独に慣れることが出来なかったのか。きっと羨ましかったんだろう、社交的な姉や周囲の人間達が。
僕にもいつかきっと友達が沢山出来るという淡い希望を抱いていたのだろう。
そんな希望が叶ったことなど勿論一度たりとも無いのだが。





ずっと根無し草みたいに生きてる。





学生時代はずっと誰とも深い仲になれず、一定の「友達グループ」に所属することも出来ず、フラフラ、ユラユラと浮遊していた。既に出来上がってるグループ(まあまあ仲の良い人がいるところに限る)にフラッと立ち寄っては話に乗ってケタケタ笑い、たまに変なことを言って笑わせてみたり。話に入れなくなってきたなと感じるとフラッと立ち去ってまた別のグループへ。遊牧民かお前は。
嫌われたくない一心で表面上は明るく取り繕っていたから、壮絶なイジメに遭うことは無かった。それだけは良かったと思う。それだけは。





居場所がないなんて、今に始まったことじゃないのだ。






そしてきっと、これからも出来ることは無いと、確信している。


家族間でも学校でも、勿論それ以外の環境にしても、いつだってまとわりついてくる「疎外感」は、一生、死ぬまで、消えてくれない。きっと。

そこで「自分はみんなとは違う」と疎外感を逆手に取って胸を張って生きていくには、あまりにも「無い」のだ。何の才能も、無い。凡人以下、誰もが出来ることでさえ何一つマトモにこなせやしないのだから。「変人」「個性的」なんて言葉も使うのをはばかられる。普通以下の人。ただフラフラしているだけの、どうしようもない、社会不適合者。



こんな大人になりたくなかった。
一番なりたくなかった「つまらない大人」になってしまった。いや、「つまらない大人」にすらなれなかった。


どうしようもないなあ。死ぬまでずっとこんな感じでフラフラ、モヤモヤしてんのかなあ、僕は。誰かに認めてほしかったけど、それも高望みに過ぎなかったなあ。今こうしているうちにスッと死んでしまいたい気がする。でも今はなぜ自分がこんなに死にたいかすら分からなくなってる。理由はあるはずなんだけど沢山ありすぎて、漠然としすぎて、全然わからない。生きた心地もしない。もしかして死んでる?確かめなきゃ!と焦ってカッターを取り出したくなったが、始発電車の中でそんなことしたら大騒ぎだ。その判断を瞬時に出来るくらいの冷静さは兼ね備えている。




いつの間にやら6月も終わりに差し掛かり、もうすぐまたひとつ歳を取ってしまうことに気付く。

時間は正確に正確に流れるのに、心がそれに追いつけないでいる。いつからだろうね。一人ぼっちは寂しいね。まあ昔からだからしょうがないよ、そろそろ諦めないと。
ってそんなうまくいかないんだけどね。





今日もフラフラ漂いながら、ヘラヘラ笑ってやり過ごそうか。いつもの事だから、仕方ないですよね。アハハ。