噛み潰した苦虫が奥歯に詰まって取れない

ほろ苦いどころじゃねえんだよな

アンチ・ハレルヤ


終わって、そして始まって。
全ての終わりをまた何かの始まりだなんて言えるかもしれないし、始まりが何かしら終わりを意味してることだってあるかもしれない。
どちらともなんとなく過去の事象に当てはめられるような気がするものだ。



そんな多々ある「終わり」と「始まり」を、なんだか沢山味わっていた、ここ数日である。自分が生きてしまっている限り、自分をとりまく環境や状況は変わっていくものなのだ、絶対変わらないなんてものは、ないのだな…と、なんだか置いてきぼりを喰らったような気持ちでぼんやり考えている。心はいつも追いつけないのだ。
終わって始まって始まって終わって?これも終わって?あれは始まったばかりか?僕の周りをビュンビュンと、グルグルと。何が何だかわからなくなるね。

相変わらず感性が腐りきっているせいで、それらに対し上手に喜んだり悲しんだり出来ないのが、残念。もっと泣いて笑って怒って楽しんで、というのが出来たらもっと気持ちの整理がつくのかなあ。
まあそんな不可能なことをボソボソ言ってても仕方ないんですけどね。




ああ、君は最近どう?僕はこの前iPodを新調したのでそれ以来音楽を聴くのが楽しいです。でもやっぱり先代のiPod classicのホイールが恋しいな。指でくるくるくる〜ってやりたい。
お絵かきもまた再開したよ。ひさしぶりにちゃんとした絵を描こうとしたら案も浮かばないしバランスも取れないし!少し悲しいけど、リハビリ感覚でもう少しだけユルユルとやってみるか、という気持ち。



あと、相変わらず死にたくて死にたくて死にたくてたまらない。
こういう気持ちって、どんなに「楽しい!」と思うことや「幸せだなあ」と思うことがあっても無くなるものじゃないんだよな。むしろそれらに比例して増えている気がしなくもない。
「今日は楽しかったな〜」のすぐあとに「死にてえな〜」が口から出た時は流石に自分の耳を疑ったけど。でもそういうことってあるよね。

死にたいとか辛い苦しいとかは、やはり楽しさや幸せで完全に無くしてしまえるようなものじゃないから、その原因を含めそれ自体を何とかして消さないと、完全には消えないな。何とかして消すって時点で最難関すぎるのだけど。
なんかもう「消えたい×楽しい×死にたい」の異素材ミックスコーデみたいな人生になってる。


きっと他人と比べちゃ大した悩みも無いくせに「世界で一番不幸」みてえな気分になるのが得意になってしまった。そしてたまに自分を見返して「いや、もしかしたらそんなに大したことないのか…?」と事の小ささを認識するのが一番怖いのだ。被害妄想ってこんなに膨らむのか!とゾッとするくらい膨らんでいるようで。なんだよ。パン生地かよ。一次発酵かよ。


…なのに昔からごく普通の想像や妄想は超が付くほどの不得意なのである。昔から。小説を書こうと思い立ち、何日考えても全く何のストーリーも設定なんかも思いつくことが出来ず断念したり。作詞作曲とかできたらかっこいい!とか思い立つも結局全く何も作ることが出来ず断念。駄作が出来る、ならまだいい。全く何も出来ないから困る。ほぼ思考停止状態なのか、ゼロから何かを想像するのが大の苦手なのか。曲を聴いてイメージを膨らます、なんてのも苦手だ。
それに、小さい子供ってなんだか色とりどりのクレヨンで色とりどりの絵を描くじゃないですか。ゾウさんをピンクにしたりキリンを水色にしたり、するじゃないですか。あれが出来なかった。
「海の生き物を描きましょう〜!」みたいな時間に他の子の絵を見て「本物とぜんぜん色が違う!その色は間違ってる!」って妙に腹立たしく感じるような子供だったので、たぶん「自由な発想」みたいなのが昔から全然できなかったんだと思う。
ツマラナイ人間、ここから始まってたのか。いや、僕の人生この時点で終了していたのか。…どっちでもいいか。



追いつくことも出来ないような速さで過ぎる物事が急停止したとき、疲弊しノロノロと歩いてた僕の目の前に急に現れるそれにハッとして。まるで胸を鋭利なもので刺されるような感覚がして、泣きそうになったり堪らず腕を掻きむしってしまったりする。そんな日々だけど、毎日何かが終わって何かが始まって、それを少しずつでも自分の五感で理解していけたら、少しはこんなダメダメなつまらないクソ人間の人生も変わっていくだろうか。ああ、なるべく幸せな始まりと終わりに出逢いたいな。